余裕
投稿日時 2009-3-6 4:09:32 | トピック: コラム
| 嬉しいことに大阪のT先生から松本の生徒5人が演奏会に呼ばれて、弾かせていただくことになりました。
それは2月10日でした。コンサートはT先生の生徒さん全員の3台のピアノのコンサートです。そしてその後で、松本の子供5人はソロでそれぞれの曲を弾かせていただく事になりました。
そのうちの一人が私の生徒でした。K君は小学4年生で体は小さいのですが、元気のかたまりのような明るい良い子です。住まいが松本でなく車で一時間程離れた上田市なのと、お母さんが忙しく(?)、時々レッスンを休みますし、練習も・・・・。 でもはっきりものが言える子供で「行きたい!」と真っ先に言いましたし、お母さんも「この所、どこへも旅行していないので関西へ是非行ってみたい」と言われるので、バッハのジーグを弾くのはK君と決まりました。
さあ、それからK君は私も驚くほど張り切りました。私は彼がこの機会に一生懸命練習してくれれば彼にとってこんな良いチャンスはないと思い、「関西のT先生に模範になるような上手な生徒お願いしますと言われてるのよ。どうする? 上手な生徒ですって!」と言いました。K君は私の言ったこの言葉が、普段自分のやっている事と比べひどく気になったらしく、ものすごく責任を感じ一生懸命になりました。
大人でも子供でも目標があって自分自身の心の中で、『やる』と決めるとすごい力が出るものです。コンサートも近づいて来た2〜3週間前のレッスンの日、教室のドアを開けて入ってくるなりK君はこう言いました。「僕、今週はすごく沢山練習したよ。先生に言われた部分練習もきちんとやった」そしてレッスンが始まって彼はジーグを弾きました。
ところがそれは一生懸命意気込んで弾いたのですが、音は乱暴、三連音符は不揃い、もうガチャガチャでやかましいだけです。私にはすぐ分かりました。悪い練習を沢山したのです。そうすれば必ず下手になります。その見本みたいな弾き方でした。しかしK君には責任はないのです。悪い練習をさせた監督さん(お母さんのことを私はいつもこう言っています)の責任です。
それで私は「とても一生懸命やったね。それは偉い! でもやかましくってこんなのとてもコンサートで弾けないよ」って言うと、K君はぱっと私の方を向いて「お父さんがそう言った!」と言うではありませんか。
お父さんは音楽の先生ではありません。「お父さんは何でもよく分かるんだね」と言うと、それはそれで嬉しそうです。何も分かりそうにない人の方が本当の事がよく分かるのですね。「じゃあね、お父さんに誉められるよう、ちゃんと勉強し直そうね」と話しました。
それはゆっくり丁寧に練習する方法なのです。なぜ『ゆっくり』が大切かというと、ゆっくりにすると体の動きに余裕が出来て、いつも落ち着いて体のバランスを取りながら指を自然に使う事が出来るからです。ピアノの練習だけではありません。人生何でも余裕があれば、すべて事がうまく運びます。
体は頭と違って2〜3回ではどうしても良いバランスで体を動かすことと指の使い方を覚えません。どんなに頭の良い人でも悪い人でも、体だけは公平にかなりの回数毎日繰り返さなければ覚えません。そのかわり、一度覚え込めば死ぬまでそれを忘れる事がないのです。
K君はただ速く沢山弾いたので、一生懸命努力したのにすべてがめちゃめちゃになったのです。テクニックがないのに速く弾くと、余裕がない慌てた状態で弾きますから、まるで慌てる練習をする事になります。慌てる事が上手になる・・・それは下手という意味です。
K君のお母さんは若い時、音大で勉強しています。それでどうしてもその昔自分のやった練習方法を子供にやらせてしまうのです。演奏の前には繰り返し演奏の時と同じ速さで練習するという考えが、体にしみついているのです。
ピアノの練習はどうしてもゆっくり丁寧に余裕のある状態で沢山する事が大切です。速い弾き方が出来なくなる・・・と心配だったら毎日リパッティの弾いているCDのジーグを沢山聴いていればいいのです。
K君は私に言われた通り演奏会の前日も、当日午前中練習させていただいた時も、余裕のあるゆっくりの部分練習しかしませんでした。そしてソニーのウォークマンでリパッティをずっと聴きました。その結果、本番は彼にとっては予想外の素晴らしい演奏が出来ました。
余裕って本当に大切なのです。練習は、必ず余裕のある状態でやらなければいけません。 【K】(1996.2.27.掲載)
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