気を描く

投稿日時 2010-3-9 3:27:07 | トピック: コラム


 ある日テレビのスイッチを入れてみると、海辺の小さな島を一人の年をとられた日本画家がその島の反対側の岩場の上で写生をしておられました。

 そこは確か日本海側の(島根県?)海岸であまり人の来ない静かな自然の残っている所のようでした。その写生は1〜2回などではなく、早朝、昼、夕方と何日も何回も続けられます。クレパスの茶色の一色で描かれたり、次には黒で描かれた上に色彩したり、色々の方法でなされていました。


 泊まって居られる宿でその下書きの絵を見せて下さいました。小さいものから大きいものまで驚くほどの何十枚もの数でした。「こうやって仕事をする時は家庭から離れて一人で旅をして気を集中してやるのです」と言われました。

 音楽と絵は同じ芸術の世界のものですが、一枚の絵を仕上げていくのにあのように朝から晩まで何日も何ヶ月もお天気の良い日も雨の日も現場へ通われて自然を観察し、あのように細かい努力の積み重ねをしているのを見て、ピアノ音楽でも一つの曲を仕上げるのに、同じような基本的な問題を一つ一つ部分的にゆっくりした練習を積み重ねる努力をしなければならない事を思い、何でも良い仕事をするには細かいところまで充分に注意し練習を積まなければいけないのだと思いました。


 その日本画家は 關 主税(せき ちから)という方でした。大正8年千葉県に生まれ、今も千葉の船橋市に住まわれています。素晴らしい日本画の風景画家で日本芸術院会員、数々の賞をとられて居られます。美術館に納められている作品がいくつかテレビの画面に出ましたが、とても幻想的な雰囲気のある美しい画です。

 インタビューしている人に答えて「朝・夕景色を見ていると、素晴らしい一瞬にその景色の中に『気』を見ることが出来ます。私はその『気』を描くのです」と言われます。松の木一本一本がお互いに助け合っていたり、対話をしている・・・等々その景色の中にはいろいろなものがあるとも言われました。

 そして、千葉の自宅の画室にもどられその「幸せの島」という題の画をとても大きい画面に描かれていました。そして描きながら「なかなかうまくいかないんです。うまくいかない時は落ち込みますね」と言われています。「でもそんな時には、ただ一生懸命やるのです」

 私から見れば、あんな大家が・・・と驚いてしまいます。そしてなお「ずっと今まで画をかき続けていてもなかなか成功する事はないんですよ」との事。

 いつも思う事ですが、何かすごい事が出来る人ほど謙虚で、自分は何も出来ない、何もうまくいかないという場に立っているので、仕事をするとき最善の努力と忍耐と集中力を使った注意をして、結果的に最高の仕事が出来てしまっているような気がしてなりません。

 それに『気』という普通の見方では目に見えないものを感じられる能力を育てる事がどんなに大切な事かと考えさせられました。

 最後に「これで出来ました」と立てて見せて下さった画は、それはそれは素晴らしいものでした。

 音楽の曲も、ああやって大切に長い時間をかけて準備をし、立派に演奏できるように勉強したいものです。【K】(1997.2.17.掲載)




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