先月、ピアノの勉強を始める時いかに初体験が大切かを書きましたが、ピアノだけでなくこれは何を始める時にでも言えるのではないでしょうか。
昭和30年代の頃、松本音楽院にはとても素晴らしい絵の先生がいらっしゃいました。 お名前は月草道子先生です。鈴木先生の子ども達の育て方に共鳴され、音楽院の中に絵のお教室がありました。
我が家の子ども達もそれぞれ二才から教室へ通わせていただきました。
月草先生は、子どもが最初に絵を書く時には絵の具と筆を使わなければいけないと言われていました。鉛筆や色鉛筆は堅いから駄目です。そしてお家ではやわらかいクレパスを使って下さいと教えて下さいました。
それと、親が決して物の形を書いて与えてはいけない(例えばこれ自動車、これお花、これお家等々)。もうひとつ「ぬり絵」も絶対に駄目です。あれを与えると形を書く意欲がなくなってしまいます。と言われました。私はその通りやってみました。
今になって考えてみると丁度ピアノのテクニックと同じで、始めに堅い指で堅い音を習ってしまうと、手・腕に鍵盤と堅い手がぶつかったショックを体が覚えてしまいます。そしてなかなか力を抜いて筆のように柔らかい指で音楽的な良い音を作れなくなってしまいます。
絵もきっと同じで筆から始めればその子どもが思っている事を素直に表現する事ができるのでしょう。
それでもう一つ他の事を思いつきました。毎日書いている字のことです。
私の所へよく生徒達から手紙や葉書が送られてきます。昔と比較すると平均的にどうしても字が一生懸命書いているのにみんな同じような字です。昭和ひとけたの頃の大人はみんなとても字が上手で、一人一人違った味がある字だったような気がします。
私の母も手紙はほとんど毛筆で巻紙などにさらさらと書いていました。私はそれをいつも見ながら『誰でも大人になればああいう風に書けるようになるのだ』と思い込んでいました。(いつまで待ってもそうならない!)
考えてみると私達の時代の人間はあまり字が上手な人がいないような気がします。やっぱり昔の人(明治・又は江戸時代)は初めて字を書く時から毛筆だったに違いない。私達は鉛筆やボールペン等を始めに使ってしまうため、柔らかい味のある字が書けなくなってしまったのではないでしょうか???
こんな話をしている時、S先生が「分かった。私達は戦争中、疎開していた学校で紙も鉛筆もなく、釘で校庭に字を書いて覚えました。だから字が上手ではないんですね!」ほんと、そうかも知れません。 そしてこれがほんとの金釘流?
人間は身体も心も生まれたてで柔らかい幼児の時代に、与えられたものすべてが初体験です。それを身につけ繰り返して自分の能力とし、やがて大人になってその身に付いた能力が財産で一生いきてゆくように思えます。
子どもに何か教える人達にお願いです。マニュアル通りに教えるのではなく、いつも研究に励んで思考錯誤を繰り返し、心して子ども達の初体験の部分を教えてあげて下さい。 【K】(1996.10.28.掲載)