小学校1年生のT君がレッスンに来た時に「先生、今日学校でね、僕の友達がピアノで“エリーゼのために”を弾いてくれたの」「そう、それは良かったね」と返事をすると「それがね、僕“プッ”と笑っちゃった」「なぜ?」「だってあんなバタバタのエリーゼってないでしょ」と言うのです。そして彼はその子の真似をして弾き「ね、こういうひどい音なんだよ」と言います。
彼の言い分は“エリーゼのために”は美しい曲で、バタバタ乱暴に弾いたり音楽的でない音を使ってはいけないと言っているのです。
私はT君の話を聞いているうちに心の中ですごい!! と感動しました。この子は感性ですべて良い音・良い音楽を受け取っていて、友達の弾いたピアノの音が音楽でない事をたった7才なのに分かってしまっているのです!!! それなのになぜ大人のはずの、その子のピアノの先生や親には分からないのでしょう???
人間生まれた時は誰でも赤ん坊から子供の時代を過ごして大人になります。子供の時にハイクラスの本物を見せたり聴かせたりすれば、子供はどれが本物でどれが偽物か即座に分かるようになります。
有能な骨董品屋さんが優秀な二代目を育てるには、その息子が赤ん坊の時から高価な本物の食器で食事をさせるのだそうです。そうすれば何も教えないでも彼が大人になった時、本物と偽物の鑑定ができると何かの本に書いてあったのを読んだことがあります。
子供はまだ知識がなく感性で判断するので、それが自然に分かり毎日毎日何年も繰り返す事で能力になるのです。ただ子供はなかなかT君のように人に話す事が上手でない場合が多いので、何も言えない子供達を見ていて大人達は“子供は何も分からない”と誤解してしまいます。
骨董品屋さんの話は良い物を与えた場合ですが、反対に間違った物を与え続けると子供達の感性は傷付けられ、一生本物の分からない人間に育ってしまいます。
T君はその時ちょうど“エリーゼのために”を勉強していてとても上手に弾ける時だったのです。彼は毎日アリシア・デ・ラローチャの弾いている“エリーゼ”を繰り返し繰り返し聴いていました。
子供の時代は、生まれてからほんの10数年です。感性を使って本当の事が受け取れるこの時を、まわりの大人達はもっともっとデリケートに気を使ってすべて自然な本物を与え、又教え続けなければいけません。
ピアノの先生方は世界最高のレベルの演奏家のコンサートを選んで本物を聴きに行くよう、子供達や両親を指導して下さい。どんなにチケットが高くても、それを聴いたその子達にとって、それは一生の財産になるのですから決して高価ではないと私はいつも言い続けています。
でも気を付けて下さい! 今、クラシックのコンサートはどこでも沢山行われています。子供達に聴かせるのは本当に世界のトップレベルのコンサートに限ります。中位のコンサートを沢山聴かせると、どんどん低レベルのものを覚え込んでしまいますし、次第にクラシックが嫌いになってしまいます。
ただ時々どうしても低レベルのものを聴かなければならない事もあります。でも最高のコンサートや最高のCD・テープ等をいつも沢山聴いている子は良い悪いの判断ができます。それはコンサートの間中、集中できなかったり“帰ろう”と言ったりして表現します。
人生の初めに一つの事(例えばピアノ音楽)で本物と偽物が分かるようにすると、あとは何の分野でも本物の条件はすべて共通です。彼らは何でも良い悪いの判断の出来る人になるでしょう。
私達は素晴らしい感性を持って生まれてきた子供達に、出来るだけ良い環境を与え続けるよう努力しましょう。 【K】(1994.6.16.掲載)