才能教育研究会ピアノ科




コラム : わかると出来るの違い
投稿者: river 投稿日時: 2007-2-23 2:27:14 (857 ヒット)


 “分かる”と“出来る”はまったく違う事なのに、いつも私達はこれを頭の中で混同してほとんど同意語だと勘違いをしています。そして、“分かれば何でも出来る”と思い込んでしまいます。

 ピアノを教える時のことで考えてみましょう。大人は豊富な知識を持っていますから他人に親切に弾き方を説明されると“分かった、分かったのだから私は出来る”と思ってしまいます。ところが自分の体を使って今理解した事をピアノの鍵盤の上で再現しようと思っても、思うように音も作れませんし指も動きません。そうなると皆焦りますから、いよいよ気持ちと身体が緊張して分かった通りに自分の体を使う事が出来ないのです。

 私はいつも皆さんに話します。人間の頭はとても“りこう”で何でもすぐに分かります。調子が良ければ一回で人の言う事を理解する事が出来ます。それに比べて体は頭のように“りこう”ではなく何回も何回も(数百回・数千回)繰り返さなければそれを覚える事が出来ません。これはどんなに頭の良い人の体でも同じ条件です。神様は不公平のないように人間を作られました。

 そして面白いことに一回で分かる良い頭はとても便利ですが、忘れるという悪い面があります。一方なかなか覚えない体は、数千回・数万回同じ事を繰り返すと、しっかり覚えて多分死ぬまで 忘れる事がないでしょう。

 ピアノのレッスンの中で一番大切な部分なのですが子供達が嫌っている練習がこの体に分かってもらう作業なのです。どうしても毎日繰り返し同じことをする事が必要です。

 私達が日常使っている言葉を例にとってみると、この問題がよく分かります。生まれた時から毎日同じ事を何回も聴き、毎日自分の口で繰り返すので何も考えないでもそれを使うことが出来ます。幼い時に覚えた母国語はどこの国の人も死ぬ迄忘れません。これは理解が先でなく毎日耳で沢山聴いたり口を繰り返し使うことが先に行われるので、分らなくても出来る方が先に身についてしまうためです。

 それですから当然ピアノの練習は、幼い時から始めた方がずっとずっと能率よく体に分からせる事が出来ます。子供は知識をまだ沢山持っていませんから繰り返し繰り返し練習をさせられる間に何がどうなっているかなどと面倒な事は考えないで、それが出来るようになってしまいます。“分からないけれど出来る”のが子供達で、“分かるのに出来ない”のが大人達です。


 小学校から大学迄たくさん勉強をし、頭に知識を沢山詰め込んで“分かっている事”が山のようにあって何も出来ない人より、ただ一つの事、お料理をやらせたら誰よりも上手な人とか植木職人のように木を植えるのが世界一うまい、ピアノを弾けばその演奏で皆を幸せに出来る人の方が“分かっている事”が少なくても人間としてずっとずっと値打ちがあると私は思います。

 ところが今の大人の世界ではどうも分かる事の方を大切と考えている人が多いような気がします。それは知識を通してしか物を考えられないのが大人ですから、どうしても知識を大切にするのです。

 世界中有名なピアノの先生方の奏法の講習会・講義など各地で盛んに行われていますが、なかなか良い教育を出来る人、良いピアニストが少ないのはそのせいではないでしょうか。即ち分かっても出来ない人ばかりになってしまうからです。

 終わりに私の大好きなサン=テグジュペリの本の事をお伝えします。
 サン=テグジュペリは、1900年にフランスに生まれ飛行士として民間航空の最初の仕事についた人でした。新聞記者のインタビューに「私は作家ではなくて飛行家だ」とはっきり言っていましたが、数少ない文学作品は皆素晴らしいものばかりです。今のように安全な飛行機ではなく、無蓋の一人乗りの小さな飛行機で、レーダーもない時代に大空に挑んだのです。数々の事故に遭い苦しい経験をし、第二次世界大戦の時(1944.7.31)偵察飛行に出たまま帰らぬ人となってしまいました。一番よく皆さんが知っているのは「星の王子様」分かるより出来る事が大切だという事と、人間の心の問題を沢山書いてあるのが「人間の土地」です。少し難しいけれど読んでみて下さい。 【K】(1994.2.24.掲載)

印刷用ページ このニュースを友達に送る

Copyright © 2004 才能教育研究会 松本支部ピアノ科 : WISS inc.