ピアノの音について(1)(2)で書きましたように、ピアノの音を作るのは大変難しいことです。難しいのですが本当の音、心と魂の込もった音の世界に入る事が出来ると、これほど素晴らしいものはこの世にあるものではありません。それは極楽浄土と同じように素晴らしい芸術の世界で人は陶酔! 感動! 幸福! を味わう事が出来ます。偉大な芸術家の演奏はみなそうではありませんか!
弾いている人が興奮し、感動し、その喜びの中で演奏しているので、その気持ちがそのまま聴衆に伝わって聴いている人が興奮し感動し幸福感にひたれるのです。
この素晴らしい大家たちが演奏する時、使われるのは自然のままの無理のない体と合理的な自然の奏法(音の作り方)です。それがあって初めてその人の音楽性、即ち心と魂と霊を音に込める事が出来るのです。世界中の素晴らしい大家は体の使い方が、目で見ていても、音を耳で聴いていても必ず自然そのもので無理がありません。自然(神)は、いつも美しいのです。
音楽学校を卒業したての人が、音のことなど考えず「どこか途中で間違えないかしら」「あそこは先生の言う通りにひかなければ・・・・」「何とかして無事に終わりまで・・・・」等々と心配しながら弾くと、高い切符を買わされて聴きに行った人々に、その心配とひどい音だけが伝えられてくるのです。そしてじっと終わりまで我慢して「クラシックは退屈だ」という結論を出してしまいます。
ピアノを習っている人、教えている人はこの二つの結果のどちらの人間になるか、どちらの人間を育てるか、心しなければいけません。
もう一度、ピアノの『音』について考えてみましょう。
弦楽器、管楽器、声楽は音を出しそれを長くのばす時に、息を吐き続けるとか弓を動かし続けないと、音を延ばすことが出来ません。そのために音に対する関心を、実際に自分の体を通して感じる事ができます。
ピアノの音はどうでしょう。最初に『パン』と音を出して、それを長く保つのに何もしないで指をそのまま鍵盤の上に置いていればいいのです。本当は他の楽器と同じでその延ばしている間、心から歌って呼吸して音を聴いていなければいけないのですが、それを初歩の時教えてくれる先生がなかなかいないようです。それですからピアノを弾く人は『パン』と音を出したその瞬間の音を音だと思っています。
これは間違いです。音楽の音は、そこから長い間鳴り響いて次第に減衰し最後に消えていきます。音の美しさは、この減衰して消えていく間の課程が一番美しいのです。ピアニストさん達、どうか美しい音を楽しんで下さい。
音楽大学のピアノ科で4年間勉強し今年卒業した人が「音大のピアノ科には大勢の生徒がいるけれど、音を考えて弾く人はほんの少しですね」と言うのを聞いて残念でなりません。音楽は音なのに、ピアノは音を作る楽器なのに・・・・。 終【K】(1992.4.10.掲載)