才能教育研究会ピアノ科




コラム : 何が幸せで、何が不幸か
投稿者: river 投稿日時: 2010-11-13 3:45:26 (846 ヒット)



 神戸で起こった小学生殺害事件は、犯人が中学生A少年とわかり日本中の人達が衝撃を受けました。最初は、驚きとあまりにむごい事件に『どうして!』とただ暗い気持ちになってしまいました。

でもここ一ヶ月あまりテレビのニュース・新聞などで少しずつ事件の話を耳にしているうちに、殺された子どもも被害者、A少年も生まれてから正常な少年に人間形成されなければいけない段階で、何ものかに間違った方向に走らされてしまった、被害者のような気がしてなりません。

 テレビでちらっと耳に入った情報の中にA少年は、幸せな家庭で育ったとありました。 そうでしょうか? もし、本当の幸せの中で育ったのでしたら、こんなひどい事件が起こるわけがありません。それを裏付けるようにサバイバルナイフを集めるのが趣味で沢山持っていた。 その上、ホラービデオ等もいっぱいあったとあります。私など『なぜ? 中学生がそのようなものを買うお金を持っているのでしょう?』と不可解な気になります。
 
昔からしっかりした家庭では小・中学生に使えるお金等、持たせないはずです。お金は自分の体で汗水流して、努力して働いて初めて自分のお金として使ってよいものです。
 それなのに、このA少年は働かないのにお金を持っていてそれを自由に使っていたことになります。私はこれは不幸なことだとしか考えられません。



今の世の中、大人達がもっとしっかり考え直さなければいけない時のように思います。 親と離れて核家族でマイホーム、一家団欒で楽しいことばかりが良い事とされ、年寄りと一緒に住まないので経験豊かなお年寄りから何も学ぶことが出来ません。楽しいことだけが幸せと、何かとんでもない間違いをしているような気がします。

その上今の日本は学歴社会で親は学校の勉強で良い点を取ってくる事を望み、良い高校、良い大学へ入れて、良い就職が出来る事を願うため、義務教育の中で色々な無理を子ども達に押しつけてしまいます。教養のある一人の人間として学問を勉強する本来の目的が忘れられ、間違った目的で勉強させようとするため無理が生じるのです。


 そして、その見返りのように生活の中で甘やかしてしまいます。子どもの時代に生活の中で、人としての基本の厳しい躾をしながら体で汗水を流す努力を教えるべきなのに、それが忘れられています。躾は厳しく、一方では無駄な無理をさせないで、のびのびさせなければいけないのです。

 もう一度、子ども達にとって何が幸せか、何が不幸か考えてみましょう。

 先週ピアノ科の子ども達に『どんな夏休みの過ごし方が楽しかったか』というアンケートをとったところ、一つ面白いのがありました。それは、ユーモアあふれる文章で『僕は、3才の時ピアノを習いたいと言ったばっかりに、今不幸な人生を送っています』というものです。私は思わず笑ってしまいました。

私も6才の時サンタクロースにピアノを頼み、習いたいとうっかり言ったばっかりに、小学生の頃、練習を嫌々やっていると母から「お前が好きで始めた事だからきちんとやりなさい」といじめられました。『あぁ、私は何て不幸なのだろう』と毎日嘆いていたのを思い出したからです。

 私は子どもの時、不幸(?)だらけだったので、一応一人前の良識を持った大人に育ち、今幸せに暮らしていられるのだとつくづく有り難く思います。【K】(1997.8.1.掲載)

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