コンサートでA子さんがとても上手に演奏しました。B子さんのお母さんが「A子ちゃん毎日どれくらい練習するの?」とたずねると「2時間」という返事がかえってきました。「B子! A子ちゃんは毎日2時間ですよ。あなたも2時間練習しなければいけません!」よく演奏会のあとでお母さんと子供との間で交わされる会話です。
どういう訳か、皆さん練習を何時間やったかという数字にこだわります。内容はちっとも問題にされません。練習は内容がとても大切で、良い練習と悪い練習がありますから何をどう練習するか選ばなければいけません。
皆さんがそれに気が付かれない事を私はいつもとても不思議に思います。なぜかと言うと悪い練習を毎日1時間でも2時間でもやると下手になります。その上悪い癖がしっかり身に付きます。それよりか良い練習を毎日30分やれば、良いものがしっかり身に付き上手に弾く能力が育ちます。即ち上手になります。
どうぞ皆さん“何時間練習した!”ではなく、その練習が良いか悪いかの内容に気を付けて下さい。気が付かないで悪い練習を一生懸命やってしまう事ほどバカなことはありません。
そして幼い子供達は感性だけで先生からレッスンの時教えられた良いことを受け取りますから、その場ではとても上手ですが家で練習する時、子供特有の欲のなさから教えられた事を思い出せず、ぼんやりしていてほっておくとひどく悪い弾き方をしてしまいます。
それで練習の時はどうしてもお母さんの助けが必要です。大人は知識が豊富で欲がありますから、レッスンの時の事を覚えていて毎日良い注意をしてあげる事が出来ます。子供と大人(先生と親)が助け合うと、良い内容の練習が出来るのです。
私の昔のことを思い出してみました。厳しい母親で6才の時から365日1日もお休みなしで毎日練習させられました。音楽は大好きでしたが、練習は大嫌いでした。
そしてレッスンの時、間違っている事は指摘されるのですが“そこを上手にするにはどういう練習をするのか”という事は教えて頂いた覚えがありません。それで「2時間弾きなさい!」と母に言われると仕方がないので曲の始めから終わりまで両手で通して弾いて、1回終わると少し休んでまた始めから弾いて・・・と繰り返していました。少し長く休むと母に「ハルコ、何しているんです!」と注意され、時計の針がなかなか動かないのをうらめしく思って毎日いやいや練習していました。
私はこんな悪い練習でも毎日必ず弾くので曲は覚えますし、情熱的なところがあったらしく子供の時からずっと「上手だ、上手だ」と誉められました。しかしこの悪い練習を重ねた結果は20才くらいになった時、自分自身に一番よく分かってきました。それは基本的な事が良く出来る能力がないので応用が効かないという事です。上手だとばかり思い込んでいた私にとってこれは大ショックでした。
まわりの大人達は一人の子供を専門的な知識なしに無責任に誉める事が、後でその人間に与えるショックになるという事を心していなければいけないのです。
ピアノを弾く上での基本的なテクニックを、どうやってどのようにして練習するかを生徒は先生から習い始めの時から教えてもらわなければ、良い練習がいかに大切かを知る事ができません。それはピアノ音楽だけでなく、全ての物事を処理する時にはどうするのかを学んでいるのです。
良い練習方法を小さい時、初歩の時から教えられ毎日実行すると、その人間には良い練習方法の能力が育ち上級生になっても少ない時間で能率を上げる事ができます。【K】(1993.4.14.掲載)