才能教育研究会ピアノ科




コラム : みんなが幸せになるには、どうしたらいいの?
投稿者: river 投稿日時: 2007-7-31 2:37:54 (1011 ヒット)



 まわりの人を幸せにしようと思ったら、まず自分が幸せになる事です。自分が幸せになる! ってどういうこと?

 これがなかなか難しいのです。私など頭の良い方ではないので、長い年月かかってやっとこの頃なんとなく分かってきました。そして今こそ実行しなければ! と考えているところです。

 私は小学校からずっと旧制の女学校(今の中学・高校)と続いている私立のキリスト教カトリック系の学校に通いました。この学校は生徒になっても宗教を信仰しなければいけないという規則はありませんでしたが、私は生まれつき神様が好きだったので、自分からよく放課後の宗教のお話のクラスへ行きました。

そのため私の考え方はずい分キリスト教に影響されていると思います。それは愛が中心で、自分を犠牲にして人につくす精神です。
 いざとなったら、自分の命を投げ出しても他人を救わなければいけない・・・。

たしかにこれは素晴らしい考え方です。幼かった私の心の中にこれがしっかりインプットされてしまいました。そして常に“人を幸せにするには、自分が犠牲にならなければいけない”と考え続けました。

 そして大人になって社会の一員となり生活してみると、助けてあげたい人はとても沢山いて、それを全員助けてあげる事がとても難しい事に気がつきました。助けるというのは勿論、物質的にも精神的な問題も両方です。

しかし一人の人間の働いて得られるお金は少なく限りがあり、精神的にも沢山の人を救わなければと思うと疲れて自分が病気になりそうです。“あ−あ、私はイエス・キリストではないんだ。ただの人間で、とても沢山の人を救うことなど出来る訳はない・・・”と思い始めました。

あまり自分を犠牲にして痛め付けると疲れて苦しいし辛いので、当然不機嫌になります。そうすると私のまわりにいる人はみんな不幸になるのです。


 昔、私の子供達が中学生の頃、仕事が終わって家へ帰るなり、「今日はとても疲れていて、機嫌が悪いからね」と予告するとみんなぱっと居間から消えていなくなり、二階の自分の部屋へ行ってしまいます。

私は“疲れているんですから、親切にしてね”という意味で言ったのに、彼等の方は疲れて機嫌の悪い人の側になどいては、自分が不幸になる事を良く知っていて逃げ出してしまうのです。こんな事も私が“自分のやっている事は間違っている!”と考える材料になりました。

 ピアノの演奏も同じでしょう。心のこもった“音楽の音”を作れて良い演奏の出来る人は、曲を弾くことも決して難しくなく、まず自分自身が幸せになって素晴らしい演奏をし、まわりで聴いている人に最高の幸せを味あわせてあげられます。即ちまず自分が一生懸命、音楽的な音はどうやって作るか、体や指の自然をどう守るか、いつも考えて勉強し自分自身が向上することで幸せになる道が開け、初めてまわりの人に幸せを分けてあげられるようになるのです。

素晴らしい最高のコンサートを聴いた晩は帰り道も家に着いてからも、すごく楽しい気分でいられます! それと反対の時など、不愉快になっているので帰って大急ぎで名演奏家のレコードを聴いてしまいます。口直しならぬ、耳直しでしょうか。そして「人を不幸にするようなコンサートなんか、するんじゃない!」と一人で叫びたくなります。

 いつかどこかのホテルに泊まった時、お釈迦様の事を書いた本があって、暇つぶしに読んでみましたら若い時の釈迦は自分自身の体を痛め付ける荒行によって悟れると思い、難行苦行を何年かやるのですが、ある時“そうではない”と気が付いてその荒行を止めたという事が書いてありました。

 難しい事はよく分かりませんが、いつも自分が率先してニコニコし豊かな心でいれば、まわり中の人を幸せに出来るのです。そして音楽の音でピアノを弾いて、それを聴いた人を幸せに出来るようみんなで努力しましょう!

 自然を壊さないよう正しい基本を守ってあげると、子供達は自然の中で自由に音楽を演奏しますから、光り輝いて素晴らしい演奏をします。そして聴いているまわり中の人達を幸せにしてくれます! 【K】(1994.7.14.掲載)

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