近頃の若い人達は何をする時でも驚くほど何も考えていないような気がします。
最初は考えないなんて、怠け者で許せない! と思いました。そしてどうしてそんなにものを考えないの! と言って怒りました。
「一つの仕事をしたら、それが次にどうなるかって考えてみなければいけないのよ」と言ってみました。でも彼等はなかなか考えられないのです。
腹が立って怒っているうちに気が付きました。今の若い人達は、考えなくても生きていられる環境の中で幼い時から育ってしまっているのです。分かりやすく言えば、考えないでも食べて、着て、寝て、学校のテストや宿題を適当にやれば、何事もなく無事に毎日が過ごせてしまうのです。そして『まことに幸せ?』な状態の中に置かれているのです。
考えない! と言って怒る方が無理を言っているのです。だって彼等は育つ過程で考える練習を何もさせてもらっていないのですから、考えなさいと言われても出来ないのです。怒る方が悪いのです。
でもこれからの世の中の行く先を思うと、だまって眺めているわけにはいきません。大分前ですが、朝日新聞の天声人語覧にこんな事が載っていました。それは今アメリカンドリームを手に入れた野球の野茂投手のことでした。
――― 社会人野球時代、先輩に「野球は考えてやれ」と言われたそうだ。「しかし、何を考えたらいいのか、わからない。だからまず、ふだんの生活でいろいろ考えてみることにした。たとえば、仲間と飲んだとき、ああこいつはこんなことを思って話しているんだな、と考えるんです」
「またこういう考え方もしてみた。これをしたら次にこれをする、でも、もしそうならなかったら、自分はどうするのか、と。そんなふうに、野球以外のことから、だんだん野球のことも考えていった。そうしたら、力でねじ伏せてやろうというピッチングが、そうじゃなくなってきた」彼の哲学は、足が地に着いている ―――
ピアノで、一つの曲を作曲者の願っている通りに演奏するには楽譜を見て随分考えなければなりません。高校生以上の人は感性で感じるだけでなく、頭でも考えることが必要です。ところが前に書いたように、毎日の生活の中で物を考えるよう習慣づけられていないので、困ったことにピアノを弾く時も、何も考えないのです。
野茂選手のように生活の中で考える練習をして、初めてそれを仕事の上で役立てる事ができます。ピアノの演奏もまったく同じです。