才能教育研究会ピアノ科




投稿者: river 投稿日時: 2007-8-30 1:58:27 (1178 ヒット)


 双子というと姿・形が似ているので、つい二人とも何もかも同じと考えがちです。
 べリングハムで会った、ルーディー君とジェイミー君も目つきがそっくりの可愛い双子の坊やです。色違いのお揃いのTシャツを着て二人とも元気で、今5才になったところです。

 ピアノのレッスンはルーディー君からでした。お母さんがとてもしっかりしている上に、いつも教えて下さっているシェロー・クラフト先生が素晴らしいので、用意の時の姿勢から手の自然さまで完璧です。そしてキラキラ星を本当に上手に弾きます。1の指の親指の動きから、5の指までパーフェクト! と言うほど良い弾き方です!
 そして次は「かっこう」から「さようなら」まで右手できれいに弾けるようになっています。

 こうやってルーディー君と一緒に勉強していると、彼の性格が手にとるように分かります。彼はとても落ち着いた性格です。私の言う事をゆっくり受け止めて聞き、又ゆっくり私の方をみて“分かった”という表情をして、それから音を出します。ゆっくりですが、とても利口な子供です。

 さて次はジェイミー君の番です。前に書いたように母親と先生が最高に良いので、すべてうまくいっています。ただ彼は頭の回転がものすごく速くて、私が何か言うとぱっとすぐ言われた事をやります。その速さは見事です。曲の進み方もまだ右手だけのルーディー君に比べると、もう両手でBook 1のほとんど終わりまでとても上手に弾けています。そしてBook 2に進み始めています。

 人間は何をやる時でも、自分の持っている性格を使って行動します。まわりの人が何とか無理をしてそれを変えようとしても出来ません。しつこく変えようとしても駄目です。持って生まれた性格は自分だって変える事は不可能で、まわりの人がそれを変えるよう要求すると、自分の持っている力を充分に発揮出来なくなります。

 私は彼等のお母さんに「この子供達は見たところはとても似ているけれど、ルーディー君はすべてゆっくり落ち着いて行動し、ジェイミー君は何をやるのもとても速くて、まったく正反対の性格でしょう?」と聞いてみました。お母さんの答えはこうでした。「まったくその通りです。そして私は、それぞれの性格に合うように勉強させています」
これは素晴らしい事です!

 この二人の場合は双子なので同じ日に生まれて同じように育てて、このように性格が正反対に違うという事が誰にでもよく分かりますが、兄弟の場合は年令が離れているので親はつい二人を比べ同じ要求を出してしまいます。特に日本は島国のためか(昔から他の民族が沢山入ってきていない単一民族)全員同じになろうとする要求を民族全体が持っているような気がします。

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投稿者: river 投稿日時: 2007-7-31 2:37:54 (1011 ヒット)



 まわりの人を幸せにしようと思ったら、まず自分が幸せになる事です。自分が幸せになる! ってどういうこと?

 これがなかなか難しいのです。私など頭の良い方ではないので、長い年月かかってやっとこの頃なんとなく分かってきました。そして今こそ実行しなければ! と考えているところです。

 私は小学校からずっと旧制の女学校(今の中学・高校)と続いている私立のキリスト教カトリック系の学校に通いました。この学校は生徒になっても宗教を信仰しなければいけないという規則はありませんでしたが、私は生まれつき神様が好きだったので、自分からよく放課後の宗教のお話のクラスへ行きました。

そのため私の考え方はずい分キリスト教に影響されていると思います。それは愛が中心で、自分を犠牲にして人につくす精神です。
 いざとなったら、自分の命を投げ出しても他人を救わなければいけない・・・。

たしかにこれは素晴らしい考え方です。幼かった私の心の中にこれがしっかりインプットされてしまいました。そして常に“人を幸せにするには、自分が犠牲にならなければいけない”と考え続けました。

 そして大人になって社会の一員となり生活してみると、助けてあげたい人はとても沢山いて、それを全員助けてあげる事がとても難しい事に気がつきました。助けるというのは勿論、物質的にも精神的な問題も両方です。

しかし一人の人間の働いて得られるお金は少なく限りがあり、精神的にも沢山の人を救わなければと思うと疲れて自分が病気になりそうです。“あ−あ、私はイエス・キリストではないんだ。ただの人間で、とても沢山の人を救うことなど出来る訳はない・・・”と思い始めました。

あまり自分を犠牲にして痛め付けると疲れて苦しいし辛いので、当然不機嫌になります。そうすると私のまわりにいる人はみんな不幸になるのです。

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投稿者: river 投稿日時: 2007-6-30 2:17:34 (1131 ヒット)


 小学校1年生のT君がレッスンに来た時に「先生、今日学校でね、僕の友達がピアノで“エリーゼのために”を弾いてくれたの」「そう、それは良かったね」と返事をすると「それがね、僕“プッ”と笑っちゃった」「なぜ?」「だってあんなバタバタのエリーゼってないでしょ」と言うのです。そして彼はその子の真似をして弾き「ね、こういうひどい音なんだよ」と言います。

 彼の言い分は“エリーゼのために”は美しい曲で、バタバタ乱暴に弾いたり音楽的でない音を使ってはいけないと言っているのです。

 私はT君の話を聞いているうちに心の中ですごい!! と感動しました。この子は感性ですべて良い音・良い音楽を受け取っていて、友達の弾いたピアノの音が音楽でない事をたった7才なのに分かってしまっているのです!!! それなのになぜ大人のはずの、その子のピアノの先生や親には分からないのでしょう???

 人間生まれた時は誰でも赤ん坊から子供の時代を過ごして大人になります。子供の時にハイクラスの本物を見せたり聴かせたりすれば、子供はどれが本物でどれが偽物か即座に分かるようになります。

 有能な骨董品屋さんが優秀な二代目を育てるには、その息子が赤ん坊の時から高価な本物の食器で食事をさせるのだそうです。そうすれば何も教えないでも彼が大人になった時、本物と偽物の鑑定ができると何かの本に書いてあったのを読んだことがあります。

 子供はまだ知識がなく感性で判断するので、それが自然に分かり毎日毎日何年も繰り返す事で能力になるのです。ただ子供はなかなかT君のように人に話す事が上手でない場合が多いので、何も言えない子供達を見ていて大人達は“子供は何も分からない”と誤解してしまいます。

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投稿者: river 投稿日時: 2007-5-22 4:23:35 (1190 ヒット)


 「先生、なぜピアノの練習は毎日しなければいけないの?」「どうして同じ事を毎日毎日繰り返し練習するの?」

 私は長い年月生徒とレッスンで付き合っています。そしてそのレッスンの時、可愛い小学生の子供達がよくこの質問をします。

 一方レッスンに一緒に付き添って来ている親は「うちの子はどうしても練習が嫌いで困ります。どうしましょう?」と日本だけでなく世界中の各地でよく相談されます。

 私の答えはいつも同じで「世界中練習の好きな子は1人もいません(練習の意味はただ曲を弾くのではなく部分練習する事です)“練習が好きでたまらないっ”て子がいたら精神科の病院に行った方がいいでしょう。練習が嫌いな貴方のお子さんは大変正常(ノーマル)な子供です。子供達は音楽は大好きで、練習が嫌いなんです」と話します。

 さて「どうして毎日・・・」という子供達の質問にはこう答えます。「人間の体はね(頭ではない)1日単位になってるの。あなただって毎日食べるでしょ。それに毎日寝るでしょ。毎日は面倒でいやだから3日分1回に食べようったって食べられないのよ。寝るのも同じ、一週間分先に寝てあとの七日間ずっと起きてるなんて出来ないでしょう?呼吸だって同じ、人間の体は1日1日決まった事を繰り返しやって生きなさいって神様が決めちゃったから、それでピアノの練習も毎日やらなければいけないの。3日分休んでいるとピアノのテクニックは上手に育たないのよ。少しでもいいから毎日がいいの、わかった?」と話すと「何となく分かった。でもね・・・?」と言う顔で私の話を聞いています。

 そうです。人間の頭は聞いた事、見た事をすぐ覚えます。それもその瞬間に強く何かを感じた時は、何の繰り返しの練習をしなくても一生覚えている事が出来ます。ところが体は全然違います。頭と体の違いがあまりにも両極端に違っているので、大抵の人はそれをごっちゃにして分からなくなっています。

そして子供の頭脳は同じ事の繰り返しをしないで、のびのびさせなければいけないのに、試験の点数のために無理な繰り返しを強いて良い成長の邪魔をしています。それと反対に子供の時に体を使い繰り返し単純な練習をしなければいけないピアノを弾く事とかスポーツ等を軽視しています。

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投稿者: river 投稿日時: 2007-4-26 1:33:17 (923 ヒット)


 7年程前にイギリスを訪問してから、ずっと行ってなかったヨーロッパへ久し振りに出掛けました。ベルギーのブリュッセルです。スズキピアノの先生方のための研究大会でした。

 ヨーロッパはアメリカ・カナダ等と比べ保守的な考え方の人が多いので、スズキピアノはまだまだアメリカほど盛んではありません。それでも松本へ勉強に来た先生方がそれぞれの国に帰り、若い先生方を教えて少しずつ広まっています。

 それでも嬉しい事に世界各地から100人の先生が集まりました。ベルギー・オランダ・イタリア・イギリス・フランス・フィンランド・アメリカ・日本等々で、エストニアの先生も1人ポーランドからもバスで何日もかかって先生が3人いらっしゃいました。

 会場はブリュッセルのコンセルバトワール王立音楽院でした。古い石の立派な建物でコンサート用のホールは、まわりの座席がロイヤルボックスをはじめとし、他もみなボックスの席になっています。よく写真などで見るクラシック調の素敵なホールです。天井が高く音がよく響いて気持ちのよい会場でした。石の建物は音がよく鳴ると聞いていましたが本当です。かの有名なエリザベートコンクールの時にもこのホールが使われるのだそうです。

 ここで5日間、朝の9時から午後5時迄しっかり研究をし、夜は4日間毎日午後8時からコンサートという強行スケジュールでした。

 いつも感じる事ですが世界中どこの国へ行っても親の願いは皆同じで、我が子をよりよく育てようと一生懸命です。そして少しでも子供達のために自然な良い教育をと願う素晴らしい先生方がおられます。

 そんな5日間を過ごすうちに今回はいろいろな事を考えさせられました。
 それは、私達日本人はなんて幸せなよい国に住んでいるのだろうと気が付いたことです。ブリュッセルでは、朝起きて窓のカーテンを開け空を見ると雲の間から陽がさしていて「あ、今日は良いお天気ね」と思い身支度をして下に降りてホテルの玄関を出ると雨が降っています。

ゴロゴロした石畳の道を傘をさしながら下ばかり見て、つまずかないよう歩かねばなりません。きっと16世紀か17世紀の頃作って、その時代には素敵な発想でしっかりした道だったのですね。それが今は多分経済の問題で直せないのでしょう。ところどころ石が抜けて穴があいていてもそのままです。とてもヒールの高い靴など履いて歩ける道ではありません。(今、日本の道路が一番良いのではないかな?)

その上いつも曇っていて、寒い上に暗い雰囲気です。聞くところによるとヨーロッパのほとんどが一年中、陽があたる事が少なくこんなお天気なのだそうです。それで少しでも陽が出ると、それにあたりたくティールームやレストランでは店の前の歩道にテーブルと椅子をぎっしり並べ、皆さんそこに座ってお茶を楽しんでいます。私は一寸きれい好きなので、そのすぐ横を忙しく往き来している車の排気ガスと埃もついでにコーヒーと一緒に飲んでしまいそうで気になります。

 それと市の中心部の家はみな、石の建物で隣どうしが全部くっついています。ほとんど3階か4階建てで玄関を入るとまず階段で、2・3・4階と続いています。横に広くなく縦に広く作られています。ヨーロッパ大陸は北アメリカ大陸と比べるとやっぱり狭いのですね。この狭さには何となく親近感を感じました。日本は七割近くが山で平らな所が少ない国ですから、家が狭いのは同じです。

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