才能教育研究会ピアノ科




投稿者: river 投稿日時: 2007-3-22 3:33:24 (919 ヒット)

 何とものすごい競技でしょう! 何となくテレビをつけて、冬のリレハンメルオリンピックのスーパー大回転をしばらく見ていて感激しました。

 1位から3位までの時間の差が百分の何秒かの差で争われています。(1位1分32秒53、2位1分32秒61、3位1分32秒93)その上その回転のコースの苛酷な事。えっ! あんな速さ(100キロ以上のスピード)で、あんな急な斜面を回転しながら滑り降りるなんて人間の出来る事じゃないっ! そして百分の何秒の競争!

 絶対に転ばないよう柔らかい体でスキーと地面とが接触する時の衝撃を吸収し、バランスを体全体で取り少しの無駄もなく滑るのです。ほんの1センチか2センチスキーの向きが間違っただけで、体のバランスが崩れ時間を無駄に使ってしまいます。ほんのわずかな無駄なカを体に入れる事も許されず、本当に自然の最良のバランスを始終維持しなければなりません。

 最良のバランスとは、体の中の重心の一点を守って体に余計な力を入れないことです。そしてこれは何の時でも同じですが、これには滑っている間中それを守れる精神的な強さが必要です。どの選手も命がけで挑戦しています。それですから素晴らしい迫力です。

 こういうものを見るたびに、子供達のピアノの弾き方だって全く同じ事なのに、どうしてピアノの先生達はいい加減な事をやっているのだろうと思ってしまいます。

 百分の1秒で100キロ以上のスピードのスポーツの世界ではごまかしなど通用しないし、体のやわらかさ自然をいつも守ること、完全に良いバランスを守る事が要求されます。物理学的に完全でなければ、結果が死につながってしまうからです。それですべてが大変分かりやすく、誰でも体をどう使ったら良いか真剣に考え、そしてその方法は一つしかない事が分かるのです。

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投稿者: river 投稿日時: 2007-2-23 2:27:14 (857 ヒット)


 “分かる”と“出来る”はまったく違う事なのに、いつも私達はこれを頭の中で混同してほとんど同意語だと勘違いをしています。そして、“分かれば何でも出来る”と思い込んでしまいます。

 ピアノを教える時のことで考えてみましょう。大人は豊富な知識を持っていますから他人に親切に弾き方を説明されると“分かった、分かったのだから私は出来る”と思ってしまいます。ところが自分の体を使って今理解した事をピアノの鍵盤の上で再現しようと思っても、思うように音も作れませんし指も動きません。そうなると皆焦りますから、いよいよ気持ちと身体が緊張して分かった通りに自分の体を使う事が出来ないのです。

 私はいつも皆さんに話します。人間の頭はとても“りこう”で何でもすぐに分かります。調子が良ければ一回で人の言う事を理解する事が出来ます。それに比べて体は頭のように“りこう”ではなく何回も何回も(数百回・数千回)繰り返さなければそれを覚える事が出来ません。これはどんなに頭の良い人の体でも同じ条件です。神様は不公平のないように人間を作られました。

 そして面白いことに一回で分かる良い頭はとても便利ですが、忘れるという悪い面があります。一方なかなか覚えない体は、数千回・数万回同じ事を繰り返すと、しっかり覚えて多分死ぬまで 忘れる事がないでしょう。

 ピアノのレッスンの中で一番大切な部分なのですが子供達が嫌っている練習がこの体に分かってもらう作業なのです。どうしても毎日繰り返し同じことをする事が必要です。

 私達が日常使っている言葉を例にとってみると、この問題がよく分かります。生まれた時から毎日同じ事を何回も聴き、毎日自分の口で繰り返すので何も考えないでもそれを使うことが出来ます。幼い時に覚えた母国語はどこの国の人も死ぬ迄忘れません。これは理解が先でなく毎日耳で沢山聴いたり口を繰り返し使うことが先に行われるので、分らなくても出来る方が先に身についてしまうためです。

 それですから当然ピアノの練習は、幼い時から始めた方がずっとずっと能率よく体に分からせる事が出来ます。子供は知識をまだ沢山持っていませんから繰り返し繰り返し練習をさせられる間に何がどうなっているかなどと面倒な事は考えないで、それが出来るようになってしまいます。“分からないけれど出来る”のが子供達で、“分かるのに出来ない”のが大人達です。

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投稿者: river 投稿日時: 2006-12-28 11:43:59 (851 ヒット)


 たびたび書きましたが、私の母親は明治生まれの大変厳しい人でした。今のように学校の勉強の点数や順位等には関心がなかったようですが、毎日の生活の中での人間の基本的な躾にはとてもとても厳しく、毎日々々繰返し注意され言われた通りに実行する事を求められました。

 その中で名前を呼ばれた時、必ずすぐに「ハイッ」と返事をしなければいけませんでした。「何?」なんて返事をうっかりすると「親に向かって何事です。そこに座りなさい」と言われ、まず一時間はお説教でした。私は、子供心に「ようし、呼ばれたらすぐに“ハイッ”て言いましょう」と家にいる間は四六時中気を付けていました。

 20才を過ぎて大人になり社会に出てみるとどこへ行っても「貴女は“ハイッ”って言う返事がとてもいい!気持ちがいいですね」と誉められるのです。初めのうち私は不思議でなりませんでした。
私にとって毎日の生活の中で使っている当たり前の事を無意識にしているのですから「なぜ誉められるの???」と、どうしても分かりませんでした。幼い子供の時からずっと生活の中で躾られた事はいやおうなしにしっかり身についてしまうのですね。

 今年のお正月、息子一家が泊りがけで私の家にやって来ました。女の子の赤ん坊がもう少しで満一才です。Yちゃんはまだ何も喋れません。ただ面白い事に返事をはっきりするのです。名前を呼ぶと、「ハイッ」と大人みたいな感じで返事します。(機嫌が悪いと駄目ですが・・)
「おりんご食べたい人いますか」と言うと食べたい時は「ハイッ」と言います。面白い赤ん坊です。普通、“マンマ”とか“ママ”から覚えるとばかり思っていましたので、これは変だなぁと考えました。

私は私の母に「ハイッ」と言うよう躾られ、私はまた息子に勉強は一生懸命やって出来なければそれでいい、但し・・・日常の躾は母ほどではないけれど厳しく教えたつもりです。それで、Yちゃんの父親は何かと言うと「ハイッ」と言うはずです。それを毎日聞いてまず「ハイッ」と言うのを覚えたのだなと思い当たりました。

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投稿者: river 投稿日時: 2006-12-9 3:02:00 (1027 ヒット)


 私達人間は二本足で立って腰で身体のバランスをとって歩いています。みんな上手に歩いています。足の裏がやわらかくて一歩前に足を出すと、まずかかとから地面につけ、次にしなやかな足の裏と五本の指で地面をつかむようにして地面と接触し、次にかかとを上げながら地面を後に押し、この時もう一本の足で次の一歩を前に出します。これの繰り返しで上手にぎくしゃくせずなめらかに歩いています。

 もしも足がオランダの木靴のように堅いものをはかせられたと想像してごらんなさい。足の裏のやわらかさを使うことが出来ず歩きにくくなってしまうでしょう。その上足を堅くして板のようにして地面にぶつけたりして歩くと、地面とぶつかるショックで疲れてしまい長く歩く事などとても出来ません。勿論、歩くには身体全体のやわらかさと良いバランスが必要ですが直接地面に触れる足の裏(指も)のやわらかさが一番大切なのは歩いている人でしたら誰でも分かる問題です。

 さて前述のようになめらかに歩くことがレガ−トなのです。レガ−トの意味は、なめらか・静か・切らない・アクセントがない等々です。レガ−トの反対はスタッカ−ト(切る・跳ぶ)です。人間もレガ−トに歩くのが基本ですが、それが充分上手に出来る人はジャンプしたり、跳んだり、踊ったりする事が出来ます。

 さてここでピアノのテクニックのレガ−トの話をしましょう。ピアノを弾く時は身体全体を使いますが、歩く時に足が直接地面にふれて動くように実際にピアノで音楽を弾くことになると、両手を使います。そして左右とも五本の指が直接鍵盤に触れます。一番直接関わるのは指先です。

 歩く時、直接地面に触れるのは足の裏であるように、ピアノを弾く時にキ−に触れるのは指先なのです。指先を歩く時の足の裏のようにしなやかに柔らかくし、触れた鍵盤を足の指が地面をしっかりつかむのと同じように動かさなければ、五本の指でなめらかなレガ−トを作る事は出来ません。ピアノの奏法の中で一番大切なもの、また一番難しいのもレガ−トの奏法です。

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投稿者: river 投稿日時: 2006-11-29 1:46:57 (881 ヒット)


 これはどこかのテレビ局で放映された話です。私は見なかったのですが、2〜3の方々が話して下さいました。それはお米作りの話です。

 今年は夏が冷夏で雨が多くお米は大凶作です。青森県等は全国でも稲作が一番悪かった所です。ところがその青森県で周りじゅうの田んぼは青立ちでお米が実っていないのに、ある農家で作られた田んぼだけは、黄金色の稲が重い穂をたれて見事なまでに実っているのです。

 テレビ局の人が見事に実った田んぼを作られた方に「なぜこんなに違うのですか?」と問うと、「私はお米作りの職人です。お米を作る専門家ですから天候が不順だろうが環境が変わろうが、お米を作る事ができてあたり前なんです」
「でも青立ちになってしまっている周りの田んぼの人はどうしてあんなになってしまったのでしょう?」と尋ねると、「あの人達は作業人です。何の工夫もしないで、ただ毎年毎年同じように作業しているだけだから出来ないのです」
そこで作業人と言われた人に聞いてみると「私のところは兼業農家です。とてもあの方のやっているような面倒な事は出来ません」と言います。

 もう一度、よく出来たかたの方に、「どうやったのですか?毎日仕事が大変で疲れるのではないですか?」と質問しました。「まず初めに苗を植える田んぼの土の手入れを入念にします。化学肥料は一切使いません。そして苗を植えてからも雑草より苗が強くなるようにして除草剤も使いません。外気の温度が低い時には温かい水を入れ、暑い時には冷たい水を入れるのです。それを一日24時間のうち何回かやります。そして有機肥料も稲の成育に合わせて上手にやるのです。疲れる?私はほんとに毎日稲の成長を楽しみに楽しくやっていますから全然疲れませんよ」という事でした。

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